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レイキの歴史と今
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※現在、レイキについては、色々な風説、間違った風説が存在しています。特に海外においては、そうです。
当協会では、すでに事実確認、考証の行なわれた正しいレイキの歴史をご紹介する事を重要な使命の
一つと考え、これを実践して参ります。
●江戸時代以前から日本伝統療法として大変に普及していた『手当て療法』のひとつである、レイキ療法。
(ちなみに、レイキという言葉は室町時代の文献に残るほど古くからある日本語です。)
臼井甕男氏 (うすいみかお 1865〜1926 岐阜県出身)により名付けられ、始まったのが臼井レイキ
療法です。
臼井氏は、大正11 (1922) 年、臼井氏は57歳の時に京都・鞍馬山にて断食修行中、21日目にして
「一大霊氣」に触れ感応し、悟りを開かれました。また同時に治病の霊能力(ヒーリング・パワー)得るに至り
ました。こうしてレイキのアチューンメント法、レイキ療法の伝授を開始しました。
同年(1922年)3月、臼井氏は『臼井霊気療法学会』を創立されます。(現在も学会は存続しています。)
その後、臼井氏は5年間に21名の師範(現在のレイキティーチャー・マスター)を育成しました。
(現在、そのうちの11名が判明しております。)
臼井氏は全国を巡行、臼井式霊気は国内を席巻する事になります。
(レイキ療法そのものは臼井式霊気以前にも実践されておられたかたが存在します。けれども、これほどまでに
知名度を得る結果となったのはひとえに臼井氏の功績といえるでしょう。)
東京の治療所には行列ができるほどの盛況ぶりで、関東大震災の折にも多くの負傷者に向けて活用された
との記述が残されています。その4年後、広島県・福山市にて客死。(1926年3月。享年・62歳。)
●臼井氏よりアチューンメントを受けた師範(レイキティーチャー)のうちの一人、海軍大佐であり医師でもあった
林忠次郎氏 (はやし ちゅうじろう 1880〜1940) は、海軍退役後 レイキ治療所を開業されます。
こうして昭和6年、『林霊気研究会』が設立されました。
林氏は9年間に13名のサードプラクティショナー、及び師範(レイキティーチャー)を育成しました。
その師範のうちの一人が、高田はわよさんでした。
(※林氏が本当に医師であったかどうかに関しては、現在はまだ議論が分かれています。)
●高田はわよさん(たかた はわよ 1900〜1980)は、ハワイ・カウアイ島出身の日系二世の女性です。
昭和10年、胆のう障害と診断され、手術を受けるべく来日しますが、林氏と出会い、病院での手術・治療
を取りやめます。そしてレイキ療法とも出会う事となります。
その後高田さんは林氏の弟子として日本で働き、ハワイへ帰国されます。
昭和13年、ハワイへ訪れた林氏より高田さんは師範(レイキティーチャー)の認定を受けられます。
そして現地にてレイキクリニックを開業されました。
晩年には本格的に師範(レイキティーチャー)の養成を始められ、22名のレイキティーチャーが誕生します。
この、高田さんが養成した22人のレイキティーチャー達がレイキ療法を欧米に広める事となり、結果的に
『レイキ療法』は、世界的な知名度を持つまでになりました。
●1982年、高田さんの孫であるフィリス・フルモトさんを中心に、レイキ・アライアンスが設立されます。
(海外での主たるレイキ団体として存続しています。)
●現在、全世界には500万人以上のレイキプラクティショナー、およびレイキティーチャーが存在します。
特に欧米では、レイキ療法は認知度も高く、大学や医療の現場でも活用されています。
英国ではレイキ療法に一部健康保険が適用されたり、米国では医療系の大学にてレイキ療法の
授業が行なわれるなど、今や海外にてレイキは市民権を得つつあるのです。
また、各国にレイキ協会が設立される動きも見られ、欧米にはレイキ・クリニックも多数存在します。
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●こうして海外ではレイキ療法が広まる一方で、日本国内では第二次世界大戦の敗戦を期に、レイキは
全く正反対の動きを見せることになります。
日本の伝統的な民間療法も、レイキやレイキ療法も、GHQよりカルト宗教と同等の扱いを受けるなどの
経緯を経てタブー視されてしまいました。
ですので、戦後数十年の間に日本国内ではレイキは姿を潜め、ほとんどの人の知るところのないものとなって
しまったのです。
●1984年頃より、海外で知名度を得たレイキ療法は、再び日本へ逆上陸を果たします。
(本格的な普及とレイキティーチャー育成は1990年代〜)
こうして現在、国内では海外で発展した各種の流れを汲む『海外式レイキ(一般的に「レイキ」と呼ばれる
もの)』が普及し始める事となりました。
(もちろん、日本伝統式のレイキも『臼井霊気療法学会』により、連綿と継承されております。)
※臼井氏がキリスト教徒であり、牧師であったという事実はありません。
また、同志社大学の学長であったという事実もありません。
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