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無理して変わろうとするのは、むしろ逆効果。

「自分はダメだ」と感じたときの向き合い方

理事長の辻 耀子(つじようこ)です。

今回は、タイトルにギクッとしたかたへ、全力で届けたいお話です。

いやもうね、無理して変わろうとしなくていいんです。
むしろ、それは逆効果です。

もう色んな人が言ってます。
「タフティ」に書かれている事も、今日話す事と同じです。

笑う門には福来る
(人がみんなで笑っている、ワイワイ楽しそうなおうちにはさらなる幸運が舞い込む)

泣きっ面に蜂
(ネガティブな雰囲気や表情の人には、さらなる不幸や不運がやってくる)

引き寄せ、波動共鳴については、
今さら説明しなくても納得でしょう。

「シンクロ、引き寄せって単なる偶然じゃないの?」
と主張する人も、うすうす、経験上知ってるはずです。

「おお、今日は嘘みたいにスムーズ!うまくいく!
エレベーターホールに行けば、ちょうどエレベーターが今の階に止まってる!
信号はすぐ青になる!
電車のホームに行ったら、すぐに電車が到着した!」

こんな日があったり、逆の日がある事を。

単なる偶然と片付けてもいいのですが、もはや、量子物理学の領域でも
それは「量子の働き」と100年ほど前から言われていますよね。

その上で…。
「スムーズに、現実をよりよくしたいなら、頑張って努力や根性を駆使して変わろうとしなくていい」
っていうのは、なぜかと言うと

人は「安心感」や「大丈夫」という感覚に包まれ、そのような意識状態になると
・自然とのびのびしはじめ、
・自然と背筋も伸びて、
・自然と肺いっぱいに酸素を吸い込めるようになり、
・自然と行動できるようになるからです。

しかも、のびのび、軽やかな意識状態でいることそのものが、「笑う門には福来る」のための、大切なことだからです。

では、そのために、今落ち込んでいたり、焦っていたり
「今のままの自分じゃだめだ…」
「この状況はしんどい」と感じている人は、何から行なったらいいのでしょうか。

それは、まず自分自身の内側の「本心」を、そーっと…でもしっかりと見て、確認する事です。

これを「自分との向き合い」といいます。

(私は、インナーチャイルドの癒しと呼んでいます。心理学の専門用語です。)
(インナーチャイルドの癒しについては、Youtubeで誘導動画を多く出しているので、そちらを活用してみて下さい。)

そして次に…。
自分の本心を見た時に 行なうべき手順は、「今の自分を受け入れる」ということです。

それは、絶望や悲しみ、焦っている気持ち、こんな自分じゃダメだという情けなさ。
このようなネガティブな気持ちを、「ああ、あるな」と受け入れて感じ切る事です。

感じ切る事が出来ると、自分自身の気が済みます。
だから、胸やみぞおち、下腹の辺りにあったモヤモヤや違和感が取れていき、スキッとするのです。

(そのための手順、やりかたについては、繰り返しになりますが「インナーチャイルドの癒し」の動画を参考にして下さい。)

ともあれ、気が済むまで感情、感覚を感じ切ると、ちゃんと癒されて、自分の足で前に進めるような心の状態がちゃんと作れるのです。

そうなると、自然と行動できます。
行動するための勇気を、無理やり「えい!」と絞り出さなくても、もう少し気軽に始める事ができるのです。

そう、行動できない人は、行動できない性格だからじゃないのです。

多くの人は、「臆病だからだ」「怠け者だからだ」と、性格のせいだと思い込んでいますが、それは間違いです。

原因は性格ではなく、そもそも根本的に、我々は「最低限の生活環境と、安心感」が必要なのです。

これが、案外足りてない人がいます。

ちょうど、私が仲よくさせて頂いている、犬飼ターボさんの投稿が、非常にシンプル、ストレートで分かりやすかったので、ご紹介させて下さい。

「人は満たされると、愛せるようになります。

まずは、凍えない、飢え死にしない衣食住が必要。

次に、敵に襲われない、災害に遭わない安心感。

そして、群れの中に入っているというつながり感。

最後に、自分は素敵な存在だという自己肯定感。

こうして満たされると、誰でも他人を愛せる人になります。

愛せないとしたら、どれかが足りていないだけであって、その人の性格や人間性には問題はないのです。」

というわけで…。
私も人生上で、何度もこの事を経験してきました。

人は、不安や危険の中で警戒している時、身が縮こまり、のびやかではいられません。
心も「身を守ろう」として、縮こまります。

しかし、安心感に包まれ、ゆったりとしていて満ち足りていると、その逆です。
気軽に、何かにトライしやすくなるのです。

しかも、軽やかな意識で行なった時、自分自身が発しているオーラ…つまり意識の波動も穏やかでいい状態です。

そうすると、「笑う門には福来る」的な現象が起こる確率が高まるのです。
(物理学者 ハイゼンベルグの不確定原理 です。)
しかし、若い頃の私は、
「ネガティブな気分になった時に、自分の感情や感覚を見つけ、向き合い、感じ切る」
という事を、ちっともうまく出来ませんでした。

何しろやり方も分からないし、もちろん学校でも教えてくれませんものね。

つまり、ネガティブな気持ちの処理の仕方が分からず、うまくやれた経験のなかった私は、ひたすら「感情を感じないようにする」という、間違った努力を繰り返しました。

「今の自分のままじゃ、ダメになる」
って信じていたので、悲しみ、苦しみ、寂しさ、弱さ、惨めさなどを感じそうになるたび、ダッシュでその感情に蓋をしました。

自分で自分を必死にごまかし、
「私は嫌な気分を感じてなどいない!」
「もう抜けた、ホラもう大丈夫!」
と強がって、自分で自分をごまかす努力をしたのです。

それでも その努力がうまくいかず、奈落の底まで気分が落ち込み、どうしようもなくなった時 もありました。

そんな時には、私は何日も何日も「感情に浸る」羽目になったのでした。

この「感情に浸る」というのは、くせものです。
「感情・感覚を感じ切る」という適切な対策と、似て非なるものだからです。

言葉が非常に似ており、混同しやすく、そのため多くの人は間違った方法で「浸る」という事をやっています。

しかし、「感情に浸る」と、実は、いつまで経っても癒されません。

これは「中途半端に嫌な気分を感じつつ、その気分についてあれこれと自分で解釈をつけたり、分析する行為」だからです。
そうなると、「最後まで感じ切ることを避けてしまう」事と同じなのです。

「感情に浸る」と、不安はさらに深まってしまう

もしかしたら、ここまで読まれて「ギクッ!やってるかも?」と思った人もいるのではないでしょうか?

・望まぬ人生、イマイチの状況が、いつまでも変わらない
・自分の事をなかなか自己肯定できない(自己嫌悪が消えない)
・嫌な気分を引きずる事が多い(←浸ってしまうと、長引くのです!)

もしも上記に当てはまるなら、「浸る」という事をやってる可能性大です。

なので、「浸るとは?」を、もう少し具体的にお伝えしますね。

ネガティブな気分に襲われた時に、このような思考をする事です。

・「もう!またネガティブな気分になってる!」と、自分に鞭を打つ
・「何のこれしき!平気平気!」と、カラ元気を出そうと頑張る
・本当は不安なのに「大丈夫、大丈夫!やれる!」と、自分を奮い立たせる
・本当は現状に不満があるのに「私はすでに満たされ、充分なお金があります」などと、現状とは食い違った言葉を自分に向けて言う努力をする
・落ち込んでいるのに、無理やり「感謝だわ~♪」と思おうとする
・苦手な人、嫌いな人を「でもあの人は自分に何かを気づかせるために悪役を買って出てくれたのではないか?」などと、無理のある発想をする
・「こんなひどい状況になっているのは、何かのメッセージに違いない」と、隠された意図を想像する

こうして、休むことなく頑張り続けようとしたり、忙しくします。
もっともっと頑張らないと!と日々努力する人もいます。

これらは全て、実は「感情・感覚を感じ切り、抜ける」という事を邪魔する、真逆の行為です。

一見、「ちゃんと自分の気持ちを直視し、向き合い、受け容れている行為」のように見えますが、なんと!真逆の効果を生む努力なのです。

ネガティブなほうに思いっきり振り切れない心境のまま、中途半端に「浸って」います。

そうすると、ネガティブな心境が慢性化します。
ずっと、何だか暗い。何だかモヤモヤする日々。

ずっと葛藤を抱えている心境で生きる事になるのです。

だから、心の奥底には、いつも
「この自分のままでは、生きていけない」
という不安があります。

まるでお鍋の底に「不安のとろ火」が、ずっとついているような心の状態です。

そして…。
人によっては、この不安に無自覚なまま、自分の外側の世界や日常、状況を見ているので、外の状況のひどさにため息が出ます。

要するに、「自分の心の痛み(つらさ)を直視することを避けて、感じることも避けて、」けれどもその痛みを「克服しよう」として、努力し続けているのです。

ともあれ、この間違った努力をしている間は、ずっとずっと「心の底からの安心感」は感じられません。

たとえひととき「ああ、ホッとした」「ここは安心できる」と感じられたとしても、その場を離れたり、状況・心境が変わったり、一人きりになった途端、不安や焦りが押し寄せるのです。

ここにハマっている人は、実に多いです。

そして、「本当の自分は無力で、弱くて、情けなくて、頑張り切れない」と信じています。
また、そんな自分をもう一人の自分が「ダメだ、ダメだ!そんな事でどうする!」と、いつも裁き、叱咤しているのです。閻魔大王のように。

あるいは、「自分は無力ではない!自分には無限の可能性がある!自分は大丈夫だ♪ 全ての物に感謝!」という、ニセモノの積極性(ポジティブ・シンキング)に自分を没入させようと必死なのです。

ではなぜ、そんな努力を必死で続けてしまうのでしょうか?
その理由は、「こんな自分じゃ、生きていけない!」と思い込んでいるからです。

無意識的に「自分は無力だ、弱い、臆病だ、行動できない、ダメな人間だ」と信じているからです。

なのに そんな無力で弱い自分を、ちゃんと見ていません。
向き合っていません。
気付けていません。
受け入れていません。

「浸る」という間違った行動のせいで、中途半端に放置しているのです。

そのため、弱い自分が、ずっとそのまま放置されています。

不安や痛みをそのまま認め、受け入れよう

けれど、実は…。
私達は、深い部分で知っています。
自分はここから抜け出せる、という事を。

そうでなければ、とっくの昔に努力を放棄しているはずだからです。

今もなお、たとえ間違った努力であったとしても、もがき続けているという事は、実は「自分はいずれ、この迷路の行き止まりから抜け出す」「抜け出せる」「脱出方法を知る」「やれる!」と知っている事の裏返しです。

心の奥深い所にいる「真の自分」は、実は知っているのです。

だから、絶望しても、また顔を上げるのです。
どれだけつらく、苦しくても、まだ努力しようとするのです。

最終的に、私達は「ここから抜ける方法」を知り、身に着ける事になります。

どれだけどうしようもない状況からでも、抜け出します。
最終的には突破できるのです。

そのための、最初のステップは「気づき」です。

強がって、ポジティブを心掛けながら生きてきた人は、今こそ立ち止まって、勇気を出す時です。

本当の自分の本心を、心の目、心眼を見開いて内省する時です。

もしかしたら、自分は自分の事を「弱い、情けない、ダメだ」と思っているのではないか?と。

ちなみに…。
この「気づき」が起こらない時にはどうなるか、ご存知でしょうか?

もしも近くに「いつまでも現実が変わらない、弱いまま、うだつの上がらない人」がいると、目につきます。
気になって仕方がないのです。

(ハッキリ言うと、イラッと来たり、目障りだったり、アドバイスしたい衝動が襲ってきます。)

ここが、「自分の心の状況」を再確認するためのバロメーターになります。

他には、「やはり世の中は厳しい」「そう都合よくいかない」という想いを深めます。

ともあれ、迷路の行き止まりから抜けるには、「押してもダメなら引いてみな」なんですね。

「ポジティブであらねばならない、と焦ってたなぁ…」
「弱い自分がいるなぁ…」
「ムリして変わろうとしなくてもいいかも」
「正直、しんどい」
「正直、苦手だ…」
「ああ、自分は弱い…」

もしもこれらの気持ちを感じ、認めてしまうと「アウトだ!」と思いこんでいた気持ち。

それを「感じても大丈夫だよ」と私は今、伝えたいのです。

ムリして、大丈夫じゃないのに「大丈夫、大丈夫!」って言い聞かせなくても、「ムリって思ってる…」って認めても、何もかもが崩れたりしない。

怖いって思ってる…
また傷つくかもって思ってる…
自分を情けないと思ってる…

そんな自分に気付き、認め、受け入れても、大丈夫なのです。

深く、息を吐いて下さい。
もう、気を張り詰めなくていいのです。

ずっとずっと、張り詰めてきたかもしれません…。
カラ元気を頑張り続けてきたかもしれません。

「私は本当に元気!」と思い込んできたかも知れません。

けれども、私は今こそ言いたいのです。

力を抜いても大丈夫ですよ、と。

そして「ナチュラルな自分」を見つけてみて下さい。
そのナチュラルな自分を、心の中で抱きしめてあげて下さい。

やっとやっと、「自己一致」します…。
この時の感覚、ぜひ味わってみて下さい。

ここから、真の人生の扉が開くのです。

めいっぱいの応援をこめて…!


今回のことば

自己一致した時の、なんとも言えない爽快な脱力感の先に、真の人生が待っています。

by 辻 耀子